2010年4月24日土曜日

かなり不評


思ったほど舛添さんの離党、新党結成は評判がよくありませんね。

どうみても同調した人たちは自分の選挙の為というのがミエミエですから。

自民党が分裂して結局は民主党に有利になる展開になるのではないでしょうか。

ますます国民の政治に対する気持ちが離れていくのではないかと心配する森田順子です。

引用元 河北新報社
http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2010/04/20100424s01.htm

国民的人気をバックにした決起なら、もっと喝采(かっさい)を浴びてしかるべきだったろう。だが、夏の参院選目当ての急造という印象が、どうしてもぬぐえない。政界再編の起爆剤たらんとするなら、何より旗印を鮮明にすべきではないのか。
 舛添要一前厚生労働相らがきのう「新党改革」を旗揚げした。自民党と国会会派を組む改革クラブに移籍した上で、党名を改称する異例の手続きを取る。

 「国民のために開かれた政治を確立し、明るい日本をつくる」。記者会見で、舛添代表はこう決意を述べた。

 舛添氏は東大助教授などを経て2001年参院選比例代表に自民党から立候補、全国トップの票を集めて初当選した。東大時代から数多くテレビ出演し、鋭い時評と洒脱(しゃだつ)な話術で人気を集めた。

 昨年の衆院選で下野した自民党にとって、舛添氏は反転攻勢の先頭に立つべき貴重な戦力だった。実際のところ昨年9月の総裁選では本命と見られていたが、「閣僚として大敗北の責任を痛感している」として出馬を見送った。

 舛添氏がこのタイミングで新党結成に踏み切ったのは谷垣禎一総裁の下では、鳩山政権打倒が不可能と判断したためだ。

 だが、舛添氏に対しては執行部批判を繰り返すだけで、党務に汗をかいてこなかったとの批判が根強い。事あるごとに、離党をちらつかせる姿勢は「おおかみ中年」とやゆされた。

 各種世論調査で「首相にふさわしい政治家」のナンバーワンに挙げられる自信が、舛添氏の強気を支えているのは明らかだ。一方で、歯に衣(きぬ)着せぬ言動はスタンドプレーと映り、「一匹おおかみ」としての道を歩まざるを得なかった側面もある。

 「新党改革」には6人が参集した。多難な船出と言っていいだろう。不可解なのは、舛添氏以外の5人全員が参院選で改選期を迎えていることだ。自民党を離党した2人は公認を得られなかった「不満分子」。改革クラブに属する3人も苦戦が予想されていた。

 舛添氏にとっては「所属国会議員5人以上」という政党要件を満たすために、員数が必要だった。同クラブの政党助成金受け取り資格を継承する狙いも指摘されている。一方、改選組には舛添氏の人気にあやかりたいとの思惑が働いた。そんな疑念が消えない。

 政策面での不統一感も否めない。舛添氏は鳩山内閣の郵政民営化見直しを「改革逆行」と指弾してきた。これに対し、改革クラブの荒井広幸幹事長らは筋金入りの民営化反対論者で、主張には百八十度の開きがある。

 野党転落後、自民党からの離党者は13人となった。その経緯はともかく知名度の高い舛添氏を失ったことは痛手となろう。

 もたつく民主党政権に取って代わるべき最大野党が、このまま溶解に向かうのか。谷垣執行部は、単なる一政党の消長を超えて政党政治が危機にひんしているのだとの認識に立ち、党の再生に全力を傾けるべきだ。





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